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旭川地方裁判所 昭和57年(ワ)111号 判決

原告

川上義松

被告

旭川電気軌道株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇三万七九〇〇円および内金九三万七九〇〇円に対する昭和五五年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五八四万円および内金五三四万円に対する昭和五五年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一) 発生時 昭和五五年三月一〇日午前七時七分頃

(二) 発生地 旭川市一条通一三丁目先路上

(三) 加害車 大型バス(旭二二あ七二六)

運転者 訴外中田務(被告の従業員)

(四) 被害車 大型バス(旭二二あ七四七)

運転者兼被害者 原告(被告の従業員)

(五) 態様 赤信号のため停止中の被害車に加害車が追突した。

2  (責任原因―運行供用者責任)

被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条により原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

3  (損害)

(一) 原告の治療経過

原告は、本件交通事故により頸椎捻挫、頸肩腕症候群の傷害を受け、次のとおり通院治療を受けた。

(1) 医療法人進藤病院

昭和五五年三月一〇日から同年四月七日まで通院(実日数二四日間)

(2) 阿部医院

昭和五五年四月八日から同年五月七日まで通院(実日数二〇日間)

(3) 吉田整形外科病院

昭和五五年五月一〇日から同年六月二七日まで通院

(4) 森山病院

昭和五五年七月八日から同月二七日まで通院

(5) 岩田整形外科病院

昭和五六年三月一六日から通院中

なお、本件事故の態様、治療の経過、原告の自覚症状が固定し継続していることからして、原告は、少なくとも自賠法施行令後遺障害等級一四級一〇号に該当する。

(二) 原告に生じた損害

(1) 逸失利益

原告は、被告の従業員として大型バス運転の業務に従事してきたが、本件事故後、首筋、首の付け根及び肩のしびれ感がとれず、頭が常にぼーつとした状態である。そのため原告は、昭和五五年七月から時間外勤務、休日勤務をほとんどできなくなつた。

被告会社のバス運転手は一か月当り四〇時間以上の時間外勤務、休日勤務をするのが常態となつており、原告も本件交通事故発生前までは他のバス運転手と同様の時間外勤務、休日勤務を行つていた。原告は、本件交通事故のため昭和五五年七月以降他のバス運転手と同じような時間外勤務、休日勤務をすることができなくなつたため一か月当り六万円を下らない減収となつている。

従つて、昭和五五年七月から昭和五七年二月までの原告の減収は金一二〇万円となる。また、原告は、昭和五七年三月以降五年間は時間外勤務、休日勤務による収入が年間七二万円(月当り六万円)の減収となる。これをホフマン式計算によつて中間利息を控除して現価を求めると金三一四万円になる(万未満切捨て)。

72万円×4.364=314万2080円

よつて、原告の逸失利益は金四三四万円となる。

(2) 慰謝料

原告が、本件交通事故によつて蒙つた精神的損害を慰謝すべき額は金一〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用

原告は、本訴を原告訴訟代理人に委任し、着手金として金二〇万円を支払い、報酬として金三〇万円の支払いを約した。

4  よつて、原告は、被告に対し、右損害金五八四万円および弁護士費用を控除した内金五三四万円に対する本件事故発生日である昭和五五年三月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1のうち、原告が傷害を受けたことは否認し、その余は認める。

2  同2のうち、被告が加害車の運行供用者であることは認めるが、その余は争う。

3  同3の(一)のうち、(1)ないし(3)は認めるが、(4)、(5)は知らない。

同3の(二)の(1)のうち、原告が被告の従業員として大型バス運転の業務に従事してきたことは認めるが、その余は否認する。

同3の(二)の(2)は争う。

同3の(二)の(3)のうち、原告が原告訴訟代理人に本訴を委任したことは認めるが、その余は知らない。

4  (被告の主張)

(一) 原告は、昭和五五年四月二〇日から同年五月九日まで渡辺治療所で頸椎捻挫により通院加療を受け、同日治癒の判定を受けた。

(二) 原告は、その後昭和五五年五月一〇日から同年六月一〇日まで吉田整形外科病院に通院し、本件事故に関係のない私病として(1)頸椎彎曲異常(2)頸椎不安定症(3)頸椎椎間板症(4)項中隔石灰化(5)胸椎軟骨結節形成(6)脊椎過敏症(7)前斜角筋症候群(8)動脈硬化症の診断を受けた。

(三) 従つて、仮に原告が本件事故によつて頸椎捻挫の傷害を受けたとしても、右傷害は昭和五五年五月九日までに治癒しており、同月一〇日以降の加療は本件事故と無関係の原告自身の私病に対する加療行為であるから、同年七月以降の損害の賠償を求める原告の請求は理由がない。

(四) また、被告会社における時間外勤務、休日勤務は、従業員の任意勤務である。従つて、原告が時間外勤務、休日勤務をしなかったことによる減収を損害として請求することはできない。

なお、被告会社では時間外勤務、休日勤務の希望者を募り、これに応募した者に勤務を割当てるシステムを採用しているが、応募者全員に時間外勤務、休日勤務が割当てられるとは限らない。

三  抗弁

原告は、昭和五五年一一月一五日、自賠責保険から金八二万三三五三円の支払をうけた。その内訳は、治療費二三万五五九〇円、休業補償三九万七三六三円、慰謝料一九万〇四〇〇円である。

四  抗弁に対する原告の認否

認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因1の事実は、原告の受傷を除き、当事者間に争いがない。

二  責任原因

請求原因2のうち、被告が加害車を所有し自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。従つて、被告は、自賠法三条により運行供用者として本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

三  本件事故と原告の受傷との因果関係

請求原因3の(一)のうち、原告が(1)ないし(3)の通院治療を受けたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第四号証、第九ないし第一六号証、乙第一ないし第四号証(原本の存在とも)、第五、第六号証、第七ないし第九号証の各一、二、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二、第三号証、証人吉田恵亀雄、同原田吉雄、同高橋担の各証言を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故当時、加害車及び被害車はともに回送中であつたところ、被害車は、本件事故により加害車に追突されて前方に五~六メートル押し出された。なお、事故当時は早朝であり、路面はアイスバーン状態であり滑りやすかつた。

(二)  本件事故により、加害車はフロントパネルの折曲変形、インストルパネルの屈曲変形、左フロントピラーの屈曲、ドアの開閉不調、左右フロントガラスの破損の損傷を受け、部品交換等に金六四万一六〇〇円の修理費用を要し、被害車はエンジンフード及びリヤーパネルの屈曲、エンジンサポートメンバーの折曲変形、クランクプリーの破損の損傷を受け、エンジン前部とフアン等を修理して金二八万二六〇〇円の費用を要した。

(三)  原告は、本件事故直後一時意識が低下し、意識が回復した後首と腕に神経に触つたようなしびれ感を感じた。

(四)  原告は、本件事故の発生から約二時間経過した昭和五五年三月一〇日午前九時二〇分過ぎ頃、進藤病院において診察を受け、頸椎捻挫と診断され、同病院に同年四月七日まで通院した。

原告は、初診時首の痛みと腕のしびれを訴えたが、診断の結果は、首の運動は比較的良好であり、首を左側から後方に伸展させた場合に首の前部の筋肉に痛みが認められたが、首の後部の筋肉には圧痛はなく、神経根症状や知覚症状は認められず、反射は正常であつた。

(五)  原告が、昭和五五年三月一一日以降進藤病院において訴えた愁訴の内容は、頭痛を中心に首の痛み、吐き気、めまい、立ちくらみであつた。同病院では原告に対し頸部の安静、湿布、鎮痛剤の注射、頭痛薬の投与の治療を続けた。

同病院の高橋担医師作成の昭和五五年五月一二日付診断書には、原告の傷病名は頸椎捻挫とされ、症状経過等として「頸部痛、腫脹(頸部の筋肉の腫れ)あり、頸性頭痛(首の筋肉の頸椎捻挫による頭痛)、頭重感あり、両上肢のしびれ感あり、レントゲン上骨折なし、外来通院加療にて症状改善に努めるも本人の都合にて転医した」と記載されている。

高橋医師は、「原告の頭痛は首の筋肉を捻挫で傷めた場合に起きたものである。首の筋肉を傷めた場合通常は約一週間で回復するが、ケースによつては治療期間が三か月も半年にもなることがよくある。首に老人性の変化が出てきている場合や事故に対して不満がある場合などにも治療期間が長引く。原告の場合、昭和五五年四月七日の時点ではその症状が後遺症として固定する段階ではなかつた」と説明している。

更に、同医師は、レントゲン検査から、「原告には頸椎彎曲異常、項中隔石灰化が認められる。頸椎彎曲異常は頸椎捻挫により筋肉が腫れて痛むことから生ずることがあるが、原告の場合本件事故によるものかどうかの判定は難しい。項中隔石灰化は認められても病気かどうかは不明である。頸椎々間板症は認められない。医師によつては変性を認める人もいると思われるが、変性があつたとしても症状のでない人が多い。原告に頸椎彎曲異常、頸椎不安定症、頸椎々間板症、項中隔石灰化の傷病名があるとして、その程度がひどければ追突事故に遭うことによつて症状が発現又は悪化して治療期間が長引くことになる。他覚的な所見は認められなくても自覚症状か実際に残るむち打ち症(外傷性頸部症候群)は存在すると思う」と述べている。

(六)  原告が昭和五五年四月八日から同年五月九日まで通院した阿部外科・整形外科医院の阿部雅彦医師作成の同年五月一四日付診断書には、病名は頸部挫傷とされ、「頸項筋緊張感、頭重感等あり、局所及び薬物療法を施行し症状軽快しつつあり、昭和五五年五月九日をもつて中止する」と記載されている。

また、同医師作成の昭和五五年一一月二八日付捜査関係事項照会回答書には、「自覚症状として頸部運動制限、肩筋肉の緊張を訴える。頸部運動は疼痛のため制限あり、右の肩胛部の筋に圧痛あり、両上肢の運動、知覚には異常はない。器質的に変化は認められないが、主訴の消退が見られない。主訴に対しては少しく運動を開始することにより筋の状態を正常にもどすよう指示した。この状態で五月九日の治療で通院が終つた。この時点で治癒と判断した」と記載されている。

(七)  原告は、昭和五五年四月二〇日から同年五月九日まで渡辺治療所において頸椎捻挫の病名で肩と首に指圧療法(治療実日数六日)を受けた。

(八)  原告が昭和五五年五月一〇日から同年一一月一九日まで通院した吉田整形外科病院の吉田恵亀雄医師が作成した診療録、同年五月一三日付診断書、同年六月二七日付診断書、同年七月二五日付診断並びに意見書、、同年一一月二七日付捜査関係事項照会回答書には、病名は頭・頸・背部挫傷後胎症とされ、「自覚症状として頸部の緊張感、突つ張り感を訴えるが、頸椎運動は良好であり、初診時既に本件事故による症状は固定している。他覚的には特に異常所見を認めない。血清検査及び上肢筋電図検査においても特に異常所見は認められないが、レントゲン線像及びその他の検査で本件事故に関係のない私病として(1)頸椎彎曲異常、(2)頸椎不安定症(前屈時)、(3)頸椎々間板症、(4)項中隔石灰化、(5)胸椎軟骨結節形成、(6)脊椎過敏症、(7)前斜角筋症候群、(8)動脈硬化症の傷病が認められた。外傷因果なし。理学療法並びに薬剤を使用しているが、症状に著変を認めない」と記載されている。

原告は、吉田病院において、初診時には後頸部の突つ張り感、緊張感だけを訴えていたが、昭和五五年七月頃から手がしびれる、疲れる、全身的に体がだるい、仕事ができないと訴えるようになり愁訴の内容が増えてきた。しかし、その後の筋電図検査等でも他覚的な異常所見は認められなかつた。

吉田医師は、「本件事故による原告の受傷は筋及び神経に器質的な損傷がなく骨折も認められないから広義の打撲にあたり、症状固定は通常は一か月であり、原告のように体質的な弱点のある人でも三か月以内には症状が固定する。手のしびれ感等を訴えるのは外傷性神経症と関連してくると思う」と説明している。

(九)  原告は、昭和五五年七月八日から同月二七日まで森山整形外科病院に通院し頸肩腕症候群の傷病名で実日数七日の治療を受けた。

(一〇)  原告は、昭和五六年三月一六日から同年一一月一九日まで岩田整形外科病院に通院し、頭痛がする、目がかすむ、疲れ易い、手がしびれる、頭がぼーつとすると訴え、頸椎骨軟骨症、項中隔石灰化症の傷病名で首と肩にマツサージ、背部に超短波療法を受け、頸椎の牽引を受けた。

岩田病院の岩田豊三医師は、原告を旭川赤十字病院に紹介し、昭和五六年一〇月二六日、同病院脳外科の高村春雄医師から原告の症状につき「首の運動不足による頸性頭痛症であり自力で充分に首の運動をして筋力をつけるように指導してほしい」旨の回答をもらつた。

(一一)  原告は、岩田医師の紹介で昭和五六年七月六日、旭川医科大学医学部附属病院において原田吉雄医師の診察を受けた。原告は、首がだるい、目がかすむ、注意力が散漫になると訴えた。原田医師は、「首の運動性は正常、スパーリングテストが陽性であり、最大背屈のとき首から右の肩、肘を伝わつて手首に電撃痛が走る。胸鎖乳突筋(首の前部の筋肉)の力がやや低下している。頸髄の障害の所見はない。後縦靱帯骨化症(但し、今回の症状とは無関係である)が認められる」として原告につき変形性頸椎症と診断し、岩田医師に対し、「原告の緊張性頭痛は項筋力が低下したために起こつたものであり、頸椎の牽引は逆効果であるから首の筋力を増強する治療をするよう」指示した。

(一二)  原告は、昭和五六年一一月一六日、旭川医大の原田医師の二回目の診察を受けた。原告は、三か月前からバス運転手として原職に復帰したが、バス運転により首が突つ張り、頭がぼーつとする、目がかすむ、頭痛がすると訴えた。しかし、原告の症状は、スパーリングテストがマイナスになり、首を曲げる動作が少し制限されていたこと以外は一回目の診察時とほとんど変化がなく、症状が固定していたので、原田医師は、原告に対し後遺症として打ち切つてはどうかと忠告した。

同医師は、「原告のケースはかなり心因性の強いケースであろうが、詐病的なものではなく、外傷ノイローゼともやや違う印象を受ける。原告の症状は外傷性の頸部症候群である」と診断し、「原告には中枢神経、神経根、末梢神経には他覚的な損傷の所見はないが、原告が一番苦しんでいる主訴に変化がないので、それが後遺症として残ると思われ、原告のこのような症状はそう簡単にとれるものではなく、一年以上たつているのでかなり固定している」としたうえ「頭痛、めまいなどの精神神経学的な項目を検討すると原告には自覚的な症状が残つていてそれが動かないので、原告は「局部に神経症状を残すもの」として自賠法施行令後遺障害等級一四級一〇号に該当する可能性がある」と判断している。

同医師は、原告につき「進藤病院で撮影したレントゲン写真には頸椎彎曲異常、頸椎々間板症、項中隔石灰化症が認められるが、旭川医大で撮影したレントゲン写真では頸椎彎曲異常と頸椎々間板症は認められるが、頸椎不安定症と項中隔石灰化は認められない」と判断し、「頸椎彎曲異常は加齢的変化による場合と過伸展過屈曲のため外傷性の浮腫が起こり筋肉の痛みによる反射性の緊張から起こる場合があるが、原告のケースが加齢によるものか追突によるもかは明らかでないが、追突による可能性はあるとし、その余の傷病は加齢的変化によるものであり、四五歳を過ぎると約八〇パーセントの人にレントゲン上の異常が出てくるが、臨床的には何の症状もなく生活している人が多い。しかし、加齢的な変化のある人に強い外力が加わると健康な二〇歳代の人に比べて症状が悪化するケースが多い」と説明している。

(一三)  原告は、昭和五年二月二二日生(本件事故当時五〇歳)であり昭和三一年九月一日被告会社にバスの運転手として入社し、バスの運転業務に従事してきたものであるが、本件事故に遭つた昭和五五年三月一〇日から同年六月一〇日までの間休業し、同月一一日から正規ダイヤの運転業務に就いたが、バス運転の業務に従事すると首筋が張つてきて目が疲れ、頭がぼーつとなつて目の前が暗くなるような状態となるため二~三日勤務しては二~三日休業することを繰り返した後、同年六月三〇日から翌昭和五六年八月一〇日までの間特殊ダイヤ勤務に就き、従業員の送迎や構内のバスの整備をする仕事に従事し、同年八月一一日以降再び正規のダイヤの運転業務に就いている。しかし、原告は、昭和五五年六月一一日以降はダイヤの遅れ等平常勤務に附随する場合や祝日勤務を除き、時間外勤務、休日勤務に就いていない。なお、原告は、真面目な性格であり平常勤務には誠実に従事している。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は本件交通事故による追突によつて相当程度の衝撃を受け頸部にむち打ち機転を生じて頸椎捻挫の障害を受け、これにより外傷性頸部症候群の症状を発病するに至つたものと認めるのが相当である。そして、原告の右症状は、遅くとも原告が旭川医科大学において二回目の診察を受けた昭和五六年一一月一六日までには後遺障害として固定し、その等級は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表の一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当するものと認めるのが相当である。

確かに原告の愁訴する症状は頸部の神経症状を中心に自覚的症状がほとんどであり、他覚的所見が乏しいけれども、原告の症状が詐病であるとか外傷ノイローゼであることを認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、原告の症状が本件事故後根強く残存していて原告において転医を重ね治療期間が長引いたり、時間外、休日勤務に従事せず減収となったことには、原告の経年性の頸椎変化と心因性の要素もかなりの程度影響しているものと認められるので、先に認定した諸事情を考慮して後記損害の六割をもつて本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

四  損害

1  逸失利益

成立に争いのない甲第六、第七号証、第八号証の一ないし一三、第一七号証の一ないし四七、第一八ないし第二三号証によれば、原告が昭和五二年から昭和五九年までの間被告会社から支払いを受けた給与(税込み)は、次のとおりであること及び原告の基本給(月額)は昭和五五年四月まで金十八万九七一九円、昭和五五年五月から金二〇万二七八一円、昭和五六年五月から金二一万八四六九円、昭和五七年五月から金二三万三九一〇円と毎年ベースアツプにより増額されたことが認められる。なお、原告が昭和五五年一一月一五日自賠責保険から休業補償として金三九万七三六三円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

昭和五二年 金四〇二万四九二二円

昭和五三年 金四〇八万四七一三円

昭和五四年 金四三六万〇七八九円

昭和五五年 金三四六万八一六六円

昭和五六年 金四一三万五八〇一円

昭和五七年 金四四九万五九三八円

昭和五八年 金四六五万一六六三円

昭和五九年 金四九〇万六七〇九円

前記認定の原告の後遺障害の部位・程度、症状、原告の職務内容、各年度の年収額を斟酌すると、原告は本件事故発生の前年である昭和五四年度の年収四三六万〇七八九円を基礎収入として原告が再び業務に就いた昭和五五年六月一一日から三年間にわたり、一年目は年一〇パーセント、二年目は年七パーセント、三年目は年五パーセントの各割合で労働能力を喪失したものと認めるのが相当であり、その間の原告の逸失利益を年別のライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金八八万〇五一六円となる。

436万0789円×0.10×0.9523(1年目の係数)=41万5277円

436万0789円×0.07×0.9071(2年目の係数)=27万6897円

436万0789円×0.05×0.8638(3年目の係数)=18万8342円

合計=88万0516円

なお、成立に争いのない甲第一七号証の一ないし四七、乙第一四ないし第二三号証の各一、二、証人高橋静夫の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる乙第一〇ないし第一二号証の各一、二並びに原告本人尋問の結果によれば、被告会社は労働基準法三六条に基づき労働組合との間で時間外労働及び休日労働について協定書を作成していること、右協定書によると運転手の時間外労働の事由は、(イ)実作業以外の労働時間があるため、その労働時間が時間外に及ぶ場合、(ロ)貸切運行及び臨時の増発のため必要があるとき、(ハ)不時の欠勤等により人員に不足を生じたとき、(ニ)道路事情、事故、車両の故障等により入庫時刻等に遅延が生ずるとき等とされていること、時間外勤務に対しては二五ないし二六パーセントの割増賃金が支給されること、時間外勤務は任意勤務とされているが、被告会社ではこれを希望する従業員が多く、時間外・休日勤務が半ば常態化していること、原告は本件事故前である昭和五四年七月から昭和五五年三月までの間時間外・休日勤務に従事して月平均七万〇二一八円の時間外・休日勤務手当の支払いを受けてきた実績があり、右金額は当時の基本給の三七パーセントに相当すること、原告が本件事故後従事した時間外・休日勤務はダイヤの遅れや勤務場所の変更に伴うものと祝日勤務であり、原告が昭和五五年四月から昭和五七年七月までの間に支払いを受けた時間外・休日勤務手当は月平均一万五六三五円に減少したことが認められる。

右認定の事実によれば、原告は、本件事故前時間外・休日勤務に継続的に従事して安定した手当収入を得ており、本件事故に遭わなければ引続き相当期間にわたつて従前と同様時間外・休日勤務に就いて毎月ほぼ同額の手当を得たであろうことが相当程度の蓋然性をもつて予測することができ、これに原告が本件事故後原則として時間外・休日勤務に従事しなかつたことについては原告の愁訴する外傷性頸部症候群の症状殊に本件事故前にはさしたる神経症状がなかつたのに本件事故を契機として神経症状が顕在化したことからして已むを得ない面があつたことを併せて考えると、原告の減収が任意勤務である時間外・休日勤務に就かなかつたことによるものであるからといつてその逸失利益を否認することはできないというべきである。

2  慰謝料

前記認定の原告の後遺障害の内容・程度、症状、治療経過、通院期間その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

3  先に認定したとおり、本件事故と相当因果関係にある損害は六割であるから、逸失利益及び慰謝料の合計額一八八万〇五一六円の六割に当たる金額は金一一二万八三〇九円である。

4  原告が自賠責保険から慰謝料として金一九万〇四〇〇円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがないから、右金額を控除すると金九三万七九〇九円となる。

5  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は金一〇万円とするのが相当であると認める。

五  以上の次第であり、原告の本件請求は損害金一〇三万七九〇〇円(一〇円未満切捨て)と弁護士費用を除く金九三万七九〇〇円に対する本件事故発生日である昭和五五年三月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野剛)

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